「父さんの投稿がないの?」という質問がありましたので、一言。
登録はくぼちゃん、tanakinさんよりも早かったのですが、残念ながら登録後パソコンが不調になったとのことでした。しかし、スタートするようにとのことでしたので、公開するように致しました。
「父さんの投稿がないの?」という質問がありましたので、一言。
登録はくぼちゃん、tanakinさんよりも早かったのですが、残念ながら登録後パソコンが不調になったとのことでした。しかし、スタートするようにとのことでしたので、公開するように致しました。
12月13日、朝から府警下鴨署へ、所在不明のオヤジの同級生のパトロール訪問の依頼にいった。高齢のひとり暮らしの未亡人で、岩倉のかなり入り込んだ山あいの住宅地に住んでいるため、電話も通じず、郵便も不着になって気にかけていた、同窓のÙ君と1度見に行ってあげようかと話していたところです。係は親切に応対してくれて,i地域課の主任らしき人が、状況を詳しく聞いてくれ、分かり次第連絡するとのことで、oyajiは市内へ戻った。すぐに携帯に着信あり、件の主任さんが荘厳に、に残念ですが亡くなってられますとの報告、折り返しU君に報告する。急に涙が零れる。事情は、は、後述...
oyajiの高校時代、親しくしていた秀才にA君がいて、東大志望で頑張っていたけれど、結果は、不合格で、早稲田大学の露文人入った。環境の激変とひとり暮らしのさみしさから次第に神経の変化をきざして、文通も途絶えがになり、翌年早々極寒の夜、突然A君の実家から急に連絡あり、下宿から姿消して1週間、高野山の消印あるハガキが来たとのこと。で、たまたまバイト先がosakaだったoyajiが難波、天王寺方面にガンダムをつけて、夜になって天王寺署に問い合わせて、捜査願を出して一応の手立てを済ませて実家に行った。 後で。
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The three coins in the fountain の映画音楽が今もってoyajiの耳の中で鳴り響いています。天王寺署を出てさまよって阿倍野へ出ると、同名の映画の最終回の開演直前だったのでつい,這入ってしまった。楽しげにな劇の進行の中でoyajiの気分は最悪の状態になった。続く。
翌年の6月A君の両親より突然連絡あり,白骨体が高野山で発見されて、A君の遺体と確認されて、実家に帰ったとのこと。告別式は同窓生は各地に散逸していたため、わずかな男性と1人の女性がしめやかに参集してお別れをしました。 29日に述べた10月月末に亡くなっていた女性はこの人でした。実はA君の恋人でした。oyajiはこの2人の捜査願いを重ねて出していたことになりました。苦い青春時代の記憶を読んでいただきました。12月31日。 新しい良い年をお迎えください。oyaji
あけましておめでとうございます。今宮神社に初詣、ハシモトコーヒーへ立ち寄る。元日営業で頑張っている。開業20周年になるという。皆さんいいお正月を。
小寒もすぎ、えべっさんのころ北山から愛宕山にかけてうっすらと冠雪しています。真冬の京都の風景です。週末はセンター試験もあります。インフルエンザも猛威を振るっています。みんな健康に気を付けて。
立春大吉。さむざむしてますが、皆さんお元気ですか?インフルエンさ~にならないように気をつけてください。